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院生K 様

院生K 様
コメントいただきましてありがとうございました。随分と時間がたってしまいました。申し訳りませんでした。返信メールのアドレスが無効でしたので、ここでご連絡を差し上げます。まだご関心がおありでしたら、改めて、ご連絡をください。よろしくお願いします。Y.S.

新しい物語を作る

東日本大震災と科学技術                  長崎 浩

 東日本大震災は2万人余の犠牲者を生んだ。地震と津波による被災者、さらに福島原子力発電所の事故の被曝者を加えれば、影響がこの数十倍に及ぶことはいうまでもない。これら人的被害だけでも、実に第二次世界大戦以降では初めての事態である。過ぐる敗戦はわが国にたくさんの物語を生んだ。同じように、東日本大震災は新しい物語を生みだすであろうし、そうすべきである。

原発はすでに政治問題

 原発問題は、今日すでに十分に政治問題になっている。原発は安全か危険かだけでなく、この対立を具体的に政治的な対立として構成して、国民に選択を迫ることが必要である。それがいまだに見えていない。
従来(1980年代以降)、片方は原発に事故などありえないと抗弁し、他方は原発の危険性と放射能被害の恐ろしさを言い募って来た。二者択一的なこの議論の不毛性が指摘され、「極左と極右とのシャドーボクシング」と揶揄されてもきたのである。もとより、喧嘩両成敗は成り立たない。片方が圧倒的な権力を握っており、天秤は大きく右に傾いたままであった。その結果が原発列島の成立であり、今回の事故である。未曾有の事故によって天秤に揺れ戻しが起きている現在、この機会に乗じてかのシャドーボクシングを政治選択の実戦に転じることができるはずである。喧嘩の仕方と言説を変えねばならない。
 原発安全を看板にした権力は、この看板の影に政治問題を隠蔽してきたのである。いいかえれば、原発の選択は国益であると主張することを怠ってきた。国益とはかつては科学立国のことであり、その後はエネルギー政策の問題である。経済成長と国際競争のために、エネルギーとして原発を選択することこそが国益になる。科学技術としての原発の危険性を認めたうえで、確率的リスク論に基づいて、原発の便益(国益)がコストに勝ることを論証し説得することが求められてきた。このような提案があって初めて、原発問題は国益、つまりは政治選択の問題として国民に投げかけられたはずである。シャドーボクシングに代わる論争が可能になり、原発を巡る言説のレベルの向 上も期待できたかもしれない。原発権力はこれを怠ってきた。
 そもそも、わが国ではイデオロギー対立の陰で政治を隠蔽する政治が続けられてきた。原発問題は、こうした戦後日本の権力の仕来たりを象徴する。仕来たりが通用したその分、反対派の言動もシャドーボクシングを強いられて、結果として権力の延命を助けてきた。今回もまた、東日本大震災と原発事故は世論を「安全」問題一色に染め上げ、安全は原発権力の延命のスローガンともなっている。危険か安全かは政治問題にならず、かえって対立を隠蔽している。ここでシャドーボクシングをさらに踊るのでなく、国民的不安を新しい対立の構図にして見せることができるかどうか。原発問題はいまや政治問題だというのも、敗戦以降の政治の振る舞い方を変えることの焦点が、いまここにあるということである。われわれは新しい物語を作ることができるだろうか。
       
横殴りに襲来した天災という「自然」

 東日本大震災は天災である。天災が戦後の日本社会にたいして横殴りに襲来したのである。天災が神の下す懲罰でないとしたら、これはどこから来たのか。「天災は忘れたころにやって来る」というが、われわれは何を忘れていたのか。忘れていたのは「自然」であり、さらに絞っていえば「地球」という自然の存在である。このことが、つまり突如として「自然」が露呈したことが、科学技術(テクノロジー)の問題を改めて浮上させた。
 もともと、人類の定義に属する技術という行為は、自然に触れ自然を利用するものでありながら、人間を自然から遠ざける。忘れさせる。自然を人間の似姿に変え(加工と制作)、かく変えることのできた自然を利用してきたのである。道具の使用がすでに手と物とを媒介して隔てる。道具はチンバンジーなども使うが、焚火で調理するのは人類だけだという。肉を焼いて食う。調理とは文字通り生の自然を人間化すること、この意味で技術である。その後、いわゆる「自然の猛威」を克服するための技術の長い歴史が始まる。古来、治水は最先端技術であり、権力も政治もこれなしにはやっていけないようになった。
 「自然の猛威」とは技術の媒介を逸脱して、いわば生のままで自然が氾濫することである。自然が技術にたいして叛乱することだ。この自然を「生の自然」、あるいは「大文字の自然」と呼ぼう。そして、生のままの自然を征服し忘却することが技術の務めとなった。知は力だとして、この力と合体した技術を、とくに科学技術(テクノロジー)と呼ぶ。調理する技術に比べて、科学技術は格段に人間を自然から遠ざける。自然を制御してその力を望ましい水路に導いて利用する。逆説的ながら、自然を忘れさせることができるということが、科学技術のイデオロギーとなった。科学が便益に転化する。第二次大戦後になって、このような科学技術が猛烈な勢いで世界を覆って行く。現代文明は、かくして世界を人工物で覆い尽くすことになった。最近の情報技術になればなおのこと、もう誰も生の自然に触れているなどと思いもしない。近代医学にもとづく医療技術も、身体という生の自然(ミクロコスモス)から人間を遠ざける。「病気を診て病人を診ない」のは現代医療技術の本性である。そして、原子力技術はそもそも地球上には存在しない核反応を作りだして制御しようとするのであり、地球という自然そのものが姿をくらましている。
   
忘却の眠りを打つ大文字の自然

 今回の天災こそは、現代科学技術文明をこのような忘却の眠りから呼び覚ましたのである。文字通りに、生の自然、大文字の自然が横殴りにこの社会を襲ったのである。津波が海の舌を延べるようにして人間を襲う映像は圧倒的であった。科学技術というシステムが征服したはずの地球という自然を、目の当たりにすることになった。大文字の自然がにわかに姿を現した。古い(中世の)日本語の使い方では、自然(おのずから)とは「万が一、図らずも」ということであった。「死は自然のこと」というとき、これは現在のように自然死のことではなかった。この意味で、天災は自然に(忘れたころに)やって来るのである。まだしも人為を超えた自然世界に取り囲まれていた中世とは違う。人為を超えるものを忘れ去った科学技術の世の中に、生の自然が不意に露出した。原子炉の冷却のために必死の覚悟で消火に当たる光景が出現した。かつても調理の後には水をかけて火を消した。そのような技術レベルに、つまり原始力に、原子力は席を譲ずらざるをえなかった。そこに露呈したのも生の自然であり、しかも焚き火と違って今後10万年も消えることのない原子の火なのだった。

地球異変と経済成長思想

 厄介なことに、今日では自然の(おのずからな)露出は天災だけではない。地球温暖化と気象異常という現実がある。これは地球が歴史的に作りだし、人類の歴史ではおおむね安定的に機能してきた「地球システム」のアノマリーである。気象異常は独特の地政学に従って、今後とも世界の食糧供給を攪乱し、とりわけ貧困地帯を襲うであろう。科学技術文明といえども、食糧と水は地球の産物、つまり生の自然であるほかはない。商品取引の影に身をかくしてきた自然が、ここでも大きな災害を伴って露呈していくだろう。化石燃料などの資源価格の高騰は常態となり、ここにも地球という名の自然が科学技術の前に立ちはだかるはずである。そして、異常気象も食料と資源の将来も、地球に住み続ける限り、科学技術はこれを「征服」することはできないし、その到来を(原理的に)予測することもできない。地震と津波の場合と同じように、これら地球異変は自然の(おのずからな)現象、地球システムという自然の露出なのである。
 科学技術とは今日では個々の道具のことではない。これは多くのサブシステムからなる一つの世界システムである。それというのも、第二次大戦後の科学技術の爆発は、グローバルな経済成長思想と相携えて進行したことだからだ。経済成長の単線列車はいまでは地球の隅々にまで運行しており、列車に乗り遅れないことがどこでも経済運営の理念となっている。列車は科学技術によって、科学技術とともに走るのである。異常気象も食糧資源問題も、この単線列車が遭遇し露呈させる地球という自然であるに違いない。地球という限りある容れ物は、もうこれ以上の資源利用と廃棄物の蓄積に耐えられない、といわれてきたことである。それなのに、グローバルな経済成長と科学技術システムの膨張は、とどまることを知らない。これが人為による、もう一つの「天災」をもたらすであろう。原発もまた経済成長の最先端を走るテクノロジーであった。
 グローバルな経済成長という思想の理念は、かの先富論(トリクルダウン滴下論)である。富めるものから先に富む、やがて富は滴り落ちるようにして世界に行き渡っていくであろう。それでも世の中に格差は残るであろうが、貧困はあってはならないというのである。仮に将来この理念が実現に近づくとしても、その過度期の現状では国の内外にまだら状に貧困が残る。グローバリゼーションのこれが地政学である。この地政学を「天災」が襲って、貧困地帯にとりわけ大きな被害をもたらし続けるだろう。ということは、地球からやってくる「天災」は、成長思想の理念の実現を阻むであろう。理念は幻想にすぎない。
    
放射性廃棄物

 異常気象をもたらすのは、科学技術文明の廃棄物(二酸化炭素などの温室効果ガス)による地球温暖化である。気象システム(地球システムを構成するサブシステム)の人為的な攪乱である。この仮定の下に地球温暖化が予測され、対策が講じられている。廃棄物は科学技術文明とともに不可避的に増大する。このうち、地球の生ゴミというべき生物系廃棄物については、地球システムはまだ処理とリサイクルの機能(地球生態系)を維持している。しかし、地球生態系が処理できない工業系の廃棄物が増え続けている。
 こうした中でも、原子力産業からの廃棄物は特別の性格を持っている。放射性廃棄物であり、処理を誤れば放射能被害をばらまくことになる。そして、科学技術はこの廃棄物を処理することは(原理的に)できないのである。長期にわたり厳重な管理の下に放射能の自然消滅を待つほかはない。自らの廃棄物を処理する原理を持たないテクノロジーは、科学技術と呼ぶことはできない。原発は科学技術ではない。
 フィンランドには、地下深くの岩盤に設けた高レベル放射性廃棄物の最終処理場(オンカロ)がある。2010年から100年間使用して、その後は密閉する予定であり、10万年間の安全を見込んでいるという。しかし、10万年後の人類社会とはいかなるものか。この施設の記録を保存するとすれば、これをもとにして人類は被害から身を守れるかもしれない。逆に、放射能を悪用するかもしれない。だが、記録を施設の封鎖時に闇に葬っても、10万年後の人類がたまたまこれを掘り当てるかもしれない。人類が科学技術を忘れるまでに退化しているとしても、(ピラミッドのころのように)地面に穴ぐらいは掘れると予想されるからだ。記録は保存すべきか廃棄すべきか。フィンランドの政府、専門家、事業者が真顔で議論を戦わせている(マイケル・マドセン監督「100、000年後の安全」、2009年)。

科学技術文明の廃棄物

 原発の廃棄物はかように特異なものであるが、しかし問題を持つ廃棄物はこれだけとはいえない。二酸化炭素はそれ自体毒物ではない。光合成に使われることを別にしても、化石燃料に支えられた科学技術文明の定義に属するような廃棄物である。これが大気に蓄積して異常気象をもたらすとしても、排出を止めることは科学技術文明の自己否定になる。加えて、10年前に大騒ぎになった環境ホルモン問題がある。工業系廃棄物を構成する化学物質の大半は、もともと地球に存在したものでなく化学工業が作りだしたものである。このうち67種の内分泌系攪乱化学物質が特定され、ダイオキシンなどいくつかに規制がかけられるようになった。だが、環境ホルモンがこれらに限られるという保証はない。環境ホルモンだけでなく、発がんリスクを持つ化学物質についても同様である。科学技術はこれまでに万を超える種類の新奇な化学物質を地球全体にばらまいてきたのである。ばらまいたものをかき集めること、一つひとつ動物実験にもとづいてリスクを評価すること、コスト便益評価にもとづいて規制することが求められている。だがこれらはどれ一つをとっても現実には実施不可能である。だから科学的コスト便益評価自体が机上の空論になる。廃棄物をめぐる科学技術の不始末は、今日こんな段階まで来ているのである。科学技術の便益を捨てるのでないとしたら、廃棄物のいくつかについて、個々のリスク評価と規制対策で我慢するほかはない事態にある。
 二酸化炭素や工業化学物質という廃棄物に比べるなら、原発については問題はまだしも簡単ということができる。原発を止めればいいのである。原発は止められるし、これが科学技術文明の否定を意味することにもならない。原発の代替エネルギーの選択が実現可能な政策論になりうることは、今日多くの論者が示している通りである。
     
科学技術に進路変更を迫る力は何か

 原発事故に遭遇して、先端の科学技術にたいする無条件の信頼が揺らいでいるが、それでも科学技術の不始末はやはり科学技術によって始末するしかないと思われている。科学技術は自らを反省してより良い科学技術にならねばならないと。
 しかし、システムとしての科学技術は、自ら目的を設定して進路を選択することができない。ここで目的とは合理的であるばかりか、倫理的に正当化できる目的を指しているが、テクノロジーの原理は「できるからやる」ということであって、ここに倫理的な目的の設定は含まれていない。また、このシステムは向かうべき方向を予測し制御できるような中枢を持ちえない。科学技術者は道徳家でないばかりか、学者でも知識人でもなく、「精神なき専門人」からなっている。仮に道徳的技術者がその方向にかなうテクノロジーを作りだしても、淘汰されてしまう。かくして当たるものすべてを技術に変えて、科学技術は地球上を押し進んでいるのである。生態系の繁茂に似ている。生物進化と同じように、技術システムは蔓延していく。成功するかどうかはその目的によるのではなく、結果が原因を正当化する。結果だけをもとにしてそのスピードが決まるから、システムは指数関数的に拡大する。科学技術システムの進軍を阻止したり、その進路を変更したりする要因は、システムの内部には存在しない。誰の同意もなしに、気づいてみれば身の回りに新しいテクノロジーが蔓延している。同じことはグローバルな資本の運動についてもいえることであり、科学技術と経済成長路線が相携えて世界を席巻してきたのである。
 では、資本あるいは科学技術に進路の変更を迫るものは何か。生物進化の場合と同様に、「システムの外部」にしか手だてはないのである。生態系はエネルギーや餌の供給が止まれば、また温度など物理的条件を変えてやれば、その生態を変える。同じように、科学技術システムは資源、環境、廃棄物に制約されて生態を変える。これこそが今日、地球環境問題と呼ばれる大文字の自然の露出にほかならない。石油が資源不足から高騰するとすれば、科学技術は別のエネルギーを利用できるようにその形を変える。廃棄物の山は迂回して進まねばならない。異常気象が食糧供給にダメージを与えるとしたら、経済成長路線とともに科学技術のあり方も変わらざるをえない。二酸化炭素の排出が地球温暖化の原因であれば、自動車の普及に抑制がかかる。
 要するところ、大文字の自然、地球という自然に直に接触することによって、科学技術システムに変更圧力がかかる。科学技術文明が忘れてきた生の自然という外部が思いもかけずに露出する。科学技術はこれによってしか自らを変えることができないまでに地球を覆ってしまっているのである。そして、今回の天災の到来こそは、大文字の自然が科学技術システムを横殴りすることになった。事態は鮮烈であり、そこにもうどんな解釈もいらない。地震と津波の襲来が事故を誘発して、原発という先端技術は進路変更が避けられない。原発事故による電力不足は、省エネとエネルギー変更の圧力になる。節電は科学技術文明の生活スタイルに変更を促していくであろう。早い話、街のネオンの暗さに慣れていくのである。このようにして初めて、科学技術というシステムは自らを変えていく。

異邦人の出現

 科学技術の進路を変える外部の力として、見落としてはならないのが非専門家、つまり国民の登場である。震災の犠牲者への悼み、原発は危険だ放射能は怖いという世論であり、これを背景として登場する非専門家たちの運動と議論の力である。もういわゆる専門家だけに科学技術の未来を任せておくことはできない。専門家から見れば異邦人たちが科学技術に介入してくる。これを外部の力として科学技術に変更を迫ることができるかどうか。これこそがいま、原発の、そして科学技術文明の進路選択の焦点になっていることである。大文字の自然の露出に迫られるようにして、当面は全世界で散発する形で、科学技術システムにたいする外部の力もまた露出していくであろう。

歴史の転換点

歴史の転換点 7.23シンポジウムの開催にあたって
7.23実行委員会


「災害の歴史は、わたしたちの大多数が、生きる目的や意味だけでなく、人とのつながりを切実に求める社会的な動物であることを教えてくれる」(レベッカ・ソルニット「災害ユートピア」)

1.復興はあるか

3月11日に発生した東日本大震災は、2万人以上の死者・行方不明者と数えきれないほどの被害者を作りだした。被害は、人的・物的なものにとどまらず、経済へも大きなダメージを与えている。加えて未だに収束が見えない原発事故が加わることによって、リーマン・ショック後の経済成長戦略に大きな影を落している。
 今、被災地では一日も早い復興が叫ばれている。そして、復興の目標はとにかく震災前の世界に戻すことだという。しかし、復旧といい復興といい、総じて「元に戻る」ということがありうるのだろうか。
 これまでも経済成長によって、豊かさが拡大すると広く信じられてきた。とりわけ、新自由主義へのなしくずし的な転換の際にも、今は経済成長の恩恵に浴さない人たちもやがてはその恩恵を分かち合うことができるようになるのだから(トリクルダウン経済学)と、改革の痛みに耐えることが要求された。
 しかし、その結果起きたのが雇用や福祉のレジームの崩壊である。そこでは、既得権の中で福祉を享受する者と、取替え可能なモノのように扱われる者へと労働者が二分化した。既得権を持った中高年労働者が構造改革の痛みから逃げ切る一方で、若年労働者にとって痛みは一時的なものではなかったのである。
 新自由主義の本音は、こうした階級社会の現実化だと気がついて、大きな拒否反応が巻き起こる。加えてリーマン・ショックが追い打ちをかける。日本社会の思わぬ悲鳴に、税と福祉の一体改革など新たな福祉国家への模索が行われているが、しかし、どこまでリアリティのある話なのか。
 ヨーロッパにおいては、福祉国家は単に経済成長の果実の配分問題だったのではなく、一貫して労働者階級の権力奪取の問題として認識され実践されてきた。しかし、この国では、労働組合は相変わらず自分たちの既得権防衛と老後の安心にしか関心がない。
 壊れた福祉を再建するため増税が不可欠だとしても、長年にわたるデタラメの結果、国や行政への不信感が一向に解消されない。かくして、すべては経済成長が解決するという根拠のない幻想が主張され借入金が積みかさなっていくが、政治にはなす術がない。
 経済成長が、ありとあらゆる問題を解決する唯一の処方箋だという主張は、原発擁護の基本的な論理でもある。要はリスクとベネフィット(便益)のバランスなのだ、と。しかし、一旦事故が起これば、バランスなど一気に飛び越してしまう。さすがに原発推進論者も「もし原発が本当に必要なら、府内に原発を造れ」(橋下大阪府知事 2011.6.13)との発言に反論も同調もできない。
 リーマン・ショックも、金融商品の暴走を市場がコントロールできなかった結果の出来事だったのだが、原発はもっと直截に経済と命が天秤にかけられる。しかし、いったいに本当に経済成長があるのか。あったとして、本当に「トリクルダウン」するのか。本音は大企業・大労組・公務員食い逃げ連合の既得権が守られるだけに過ぎないのではないか。命を犠牲にして経済成長やトリクルダウンがなく、あるのはメルトダウンだけというのでは、もはやナンセンスの域を越えている。
 原発は安全だと言いながら、技術論の分野からも巨大技術の限界が聞こえてくる。原子力という「神の火」を消す方法が、水をかけるという素朴な方法だったことの意外性やTVで報道される原発御用学者の幼児性が記憶に新しい。原発への不信は、そのまま政府やマスコミへの不信として日々再生産されている。「本当のことはわからない」のだ。


2.相互扶助の地域づくり

 介護においても、電力の安定供給問題にも似て、大規模法人の地域独占が効率的なのだと叫ばれている。中には24時間訪問介護の地域独占すら主張されている。
 しかし、地域における介護の担い手から小さなものを排除し、大規模な専門組織に外注していくことは、一見合理的で効率的にみえたとしても、それは、介護は自分たちで可能であるという「思想」や、介護は自分たちのものであるという「主体性」を奪うことであり、結局のところ地域をさらに壊していくことにつながるだろう。
 脱原発のエネルギー政策の方向が、多様で小さな持続可能なエネルギーの集合による供給の確保であり、またスマートグリッドを介しての消費者の参加であるように、介護においても、相互扶助の可能性を地域で追求しなければならないし、また、そうした多様性の中で、(かつて、町の八百屋や魚屋がそうであったように)ケアの倫理と質が担保されなければならない。このような地域の在り方が、社会関係資本(Social Capital)と呼ばれる。
 評論家の内橋克人氏は、以前より食糧、エネルギー、ケアの自給圏として、FEC自給圏構想を掲げているが、私たちもまた地域のケアの「自給圈」を具体的に構想していかなければならない。

 未曾有の災害は、一方で、「共感」(Sympathy)という人間の本性を世界に示すこととなった。そして、悲しみや苦痛の裏で、(つかの間の?)相互扶助の世界が出現している。多くの若者のボランティアたちもまた、共感という関係の等価交換や相互扶助の共同体の魅力に突き動かされて集まってくる。この救済共同体の中で、何者でもない私が、何者かになっていく姿をソルニットはいくつもの事例で報告している。
 ひるがえってみれば、相互扶助とは古来労働者共同体(サンジカ)を地域で支えたシステムであり、今でもなおその魅力は色あせてはいない。
 「人々の共同性への希求は、これまでも常に『個人の孤独』がなかったかもしれない過去の記憶をたどりながら、『個人の孤独』がなくなるかもしれない未来(「この私は一人ではなかった」!)へと向けた社会変革の原動力となってきた」(長崎浩)のである。
 国策として推進されてきた原発は、いまやこのていたらくであり、ここには何の国益もないことは明らかである。私たちが今行うことは、原発より介護、すなわち国策ではなく国益の選択である。そのために、自前のケアの集団を乱立しようではないか。
 2万人の死者とこれに数十倍する被害者の発生は、太平洋戦争の敗戦以来、初めてのことである。そして、かつて「歴史の転換点」とされた敗戦が、根本的な改革とたくさんの物語を作ったように、今回もたくさんの新しい物語が生まれるだろうし、また、生み出さなければならない。私たちは今再び、歴史の転換点に立っている。

付記
 最近の厚労省の通達によれば、「社会福祉協議会や社会福祉法人だけでなく、民間事業者、NPO法人、ボランティア団体などもサポート拠点の運営主体になれる……サポート拠点として▽市町村庁舎や地域包括支援センターなどの利用▽近隣の賃貸スペースの利用▽近隣の民間事業者などへの事業委託……やむを得ない場合には、仮設住宅の一般居室をサポート拠点として活用できる」とされている。(医療介護CBニュース 2011年7月13日)

八王子平和の家に思うこと

八王子平和の家に思うこと(月刊ブリコラージュ)2011.3 大野 鮫


1.ものを決めない「会議」あるいは「ミーティング」

 八王子平和の家は、定員50名の知的障害者入所更生施設で東京都八王子市にある。JR中央線高尾駅からバスで25分という山の中の施設だが、独特の雰囲気を持っている。
 かつてこの施設の第三者評価事業を行った時に驚かされたのは、全体会議を一日中続けると聞いたときだ。通常こうした会議は、短い時間で効率的に行わなければならないとされるからだ。しかし、この長い会議を何かを決める会議として位置づけ、批判してはその本質的なものを見失う。この会議はものを決めるという以上に、「話し合う」ことに意味がおかれているからだ。
 この会議の話を聞いてすぐに思い出すのは「三度の飯よりミーティング」というべてるの家のスローガンだ。
 「『ミーティング』とは、問題を出し合い解決する場ではなく、傷つき、自信を失いやすい者たちがお互いを励ましあうプログラムとしてある」(向谷地生良「べてるの家の『非』援助論」医学書院、2002.6.1)
 べてるの家の会議もまた、何かを決定するものではない。しかし、ここでの「ミーティング」がそもそも精神障害者のセラピーの道具として出発していることに比べれば、平和の家の会議ではどのようなことが期待されているのだろうか。
 長時間の会議の目的は至ってシンプルなものと思われる。コミュニケーションを通じて、いいかえれば、言葉の交換を通じて一人ひとりの感情が交換されているに違いない。
「かつてアダム・スミスは「感情交換」として、他人の立場に立つ「共感」の連鎖が市場を正義たらしめると訴えた(『道徳感情論』)。そして今日でも多くの論者が、人とのつながりが幸福感を高めると主張している」という(松原隆一郎、朝日新聞「論壇時評」2010.3.27)。
 べてるの家でもまた「ミーティング」の後には「ぽかぽかと心が温かくなり、それは楽しい職場づくりにつながる」という(向谷地悦子 同上)

2.理念ではなくスタイル

 一般的に組織は、それが何を目ざすものかによって特徴づけられ、また、そのことによって他の組織・集団と自らを区別する。つまり、組織の理念や目的が重要だといわれる。とりわけ、福祉組織においては営利が目的とならない分だけ、理念や事業の目的が組織の性格を決定するうえで法外な位置を持つ。
 しかし、理念がいかに美しい言葉で描かれようと、実際のところ飾り物にすぎないという例はありふれたものだ。早い話が、自治体の標語を想起するとよい。「緑あふれる文化香るまち、健康とふれあいの云々……」。
だからという訳でもないけれども、私は、福祉の組織を見るときに、理念として掲げられた言葉の内容ではなく、その集団のスタイルに関心が惹かれることが多い。ここでいう「スタイル」とは、集団の成員に共有されている行動や判断の基準、規範のことであって、特定の理念や主義(イデオロギー)のことではない。スタイルとは、いわば私たちの流儀であり、問題を処理する場合などに特徴的に現れる、(集団を統合する)道徳的な基準のことである。
 同じ理念を掲げていても、独善的な強い支配の構造を持つ集団や集団の病理を露呈させている例は多い。とりわけ、福祉や介護の世界では理念が強く倫理的な色彩を帯びているとすればなおのことである。そこでは、権力主義的、官僚的、独善的……、いいかげん、のほうず、アバウトな……、言葉で描かれた理念からはみ出していく集団の性格(スタイル)はいくらでも描くことができるに違いない。

3.自由にして共同

 「べてるを見学にきた人は『べてるには中心がない』と言う。……一般的なピラミッド型の管理体制や命令式系統が見当たらず、……」(向谷地生良 同上)
 ここには、一人ひとりが「自由」で、「中心の定まらない」集団でありながら、確かな共同性が確保されている。まるで、「共同の存在にしてかつ自由」(ルソー「社会契約論」)というテーゼが実現しているかのような錯覚がある。そして、こうした「自由にして共同」という夢に私たちも強く心惹かれてきたのだと改めて思う。
八王子平和の家の持つスタイルもまた、ルーズでいいかげんな、「中心の定まらない」集団のスタイルである。こうしたスタイルは、「ありのままでいい」「もっと楽しく」「あなたの知らない私」といった、支援の方針として描かれている短いフレーズの中によく表れている。
 しかし、もとより、べてるの家にあっても、こうしたスタイルが自然に形成された訳ではないだろう。ここには、精神医療の世界での「『囲い込み』と、『管理』と『服従』の構造」(向谷地生良)で患者を組織しない。また自己も組織しない、という強い意思があることを見逃してはならない。
 理念やマニュアルで組織するのではなく、スタイル(私・たちの流儀just my style)を共有すること。延々と続く会議や三度の飯より多いミーティングとは、「感情交換」を繰り返すことで私・たちのスタイルが共有されていくプロセスであり、そして絶えず他の集団(例えば、旧来の精神医療の世界)を鏡としながら、私の集団を社会的集団として自己形成していく。
 八王子平和の家の追い求めている集団のスタイルの中に、私は、たとえば、富山の「にぎやか」や木更津の「井戸端元気」なの、私たちに身近な諸集団との共通のスタイルを感じる。それは新たな仲間の発見であり、私・たちの孤独の解消である。

4.思い、気づき、そしてありがとう。
 
▼ゆっくりでも着実に「みんなが暮らしやすい地域・社会」の実現に向かっていくために、「思い、気づき、そしてありがとう。」をモットーとし、豊かな発想力を持って、私たちにできることを探し、行動していきます。▼

それにしても、八王子平和の家の言葉の新鮮な響きに改めて驚かされる。

http://heiwanoie.mizki.or.jp/

東北関東大震災覚書

長崎氏から届いた覚書です。何か思索の材料になればと思います。

*********************************

東北関東大震災覚書(2011年3月23日 長崎浩)



(1)地震・津波

1.地震
 99%の確率で予測されていた地震を現に目の当りにしている。ただし桁が違った。
M8.8、8.9、9.0 陰謀説(広瀬隆)。プレート境界の内側、震源域500x200km、隆起4m。
 神戸淡路地震と違い広域沿岸型。家屋倒壊と火災は主に津波による。内陸部を含めて死者1万人超か。広範長期のインフラ寸断、民生と経済への影響。

2.津波
 平野部(仙台、相馬、いわき) 防潮堤5mにたいして10m以上。例:仙台荒浜地区 入江 津波増幅。最短で10分後に襲来。スマトラ状態の再現。例:田老町。避難民32万人超。

(2)福島原発

1.冷却システムの破壊
 原子炉の緊急停止に加えて、停電、非常用電源も故障。熱交換冷却システム崩壊(3.23現在回復せず)、緊急炉心冷却システムも作動せず。
 冷却不能のため、1-4号機原子炉および使用済み核燃料プールで空焚状態。圧力抑制室損壊(2号機)。開弁による蒸気放出と水蒸気爆発(1,3号機)。燃料プールの昇温(1-6号機)、爆発(3,4号機)。放射線漏出拡散。作業環境の悪化。
 冷却システムの崩壊はメルトダウンと格納容器爆発(チェルノブィリ型)の危険につながることを意味した。危険は3.12にすでに明らかに。
 なぜ福島第一(1,2号機はGE製,70年代)だけが。女川原発は無事。

2.計測システムの崩壊
 電源回復せず、原発計器類・計測システム、中央制御室が機能せず。現状把握、情報発信不可能に。何が起こりつつあるかを誰も知らない状況が現在も。

3.対応策 原子力から原始力へ
 炉心(圧力容器)に消防ポンプにより海水注入(3.12、1-3号機)。最悪で廃炉を覚悟。
 燃料プールに外部から海水注入(3.17から、3、4号機)。自衛隊、消防庁、警察庁、米  軍。温度低下確認(3.21)
 外部電源の確保(3.18) 東北電力の送電線から。2号機電源接続(3.20)。5,6号機ディーゼル発電により安定化。外部電源確保(3.20以降)。制御機能の回復は未だ。
 福島第一原発、廃炉は不可避(東電、枝野、3.20)

4.放射線
 携帯計測器だけ。建屋周辺は高濃度、作業の支障。周辺拡散状況の詳細不明。
 退避指示20km圏、次いで屋内待機30km圏。米国の自国民退避勧告80km。
 冷却作戦の成否に依存する(3.23現在)。
 準パニック状態。難民のエキソダス(福島県双葉町)。

5.現状
 冷却・計測ステム不全により地震当日に現出した危険が続いている。この間、科学技術の粋を集めたシステムが働かず、火に水をかけるという人類の定義(原始力)に戻る状態が現出。以降、水をかけながらシステムを回復する綱渡りが続く。

(3)被災地

1.物流
 物流は3.18以降に徐々に回復へ。支援に待つ状況。

2.インフラ 
 電気水道ガス、情報、交通網の遮断 仙台市でもほぼ全域で(3.20現在)

3.安否確認、遺体収容

4.避難民の生活保障
 避難所から仮設住宅へ。

5.福島原発が危機を脱するとの前提で復興が進む

(4)危機管理

1.政府
 非常事態宣言(3.12)。緊急災害対策本部(被災者生活支援特別対策本部、分離3.20)&原子力災害対策本部。枝野官房長官の事態掌握(3.12以降)。

2.東電その他 日本の大組織の縮図。加えて、計画停電。

3.広報システムの崩壊
 原子力安全・保安院、東電の広報は初期に崩壊、以降は単なる情報伝達機関に。責任を持つ原子力専門家(原子力安全委員会など)の雲隠れ。総じて危機に臨む広報のエースの育成準備が欠けていたのだろう。

(5)経済

1.円高、株安

2.営業停止(東北地方の製造業)と計画停電によるGDP予測。

3.大型復興予算(補正予算20兆円?)

4.経済縮小
 グローバル化と新自由主義は不可避でありかつ不善であるというジレンマ。経済成長主義から民生防衛一国主義へ、経済停滞から定常経済システムへの模索が始まるだろう。
 諸外国は日本発の停滞を防止しながら、資源問題を絡めて一国主義へ。

(6)政治

1.政局再編
 非常事態内閣によるねじれ政局の解消へ結束するか不明。与野党とも旧に復することは不可。

2.政党再編
 緊急事態解消(補正予算)後、解散による政党再編への流れを主導できるか。選挙に向けて、理念と基盤を鮮明にすることが問われる。

3.緑と共生の新党
 政党再編の過程で、定常経済・民生第一・地球環境・脱原発・新共同体の(左右の)新党は生まれるか。震災の結果その現実味は増した。若者のネット派の動きは。かつて「選挙を乱発せよ」(神戸震災・オウム真理教事件に際して)。

(7)論評

1.天罰
 石原慎太郎(日本人への天罰)、堤清二(右翼の台頭)、山折哲雄(無常を知る)、吉本隆明(考えに考えている)

2.歴史的類推
 関東大震災(大正12、1923)、漠然とした不安(芥川龍之介1927)、昭和恐慌(1929-30)、超国家主義(2.26、1936)
 昭和天皇崩御(社会主義体制の崩壊、1989)、日本民族も一人ひとり虚空へ漂い始めるか(1990)、失われた20年、リーマンショック

3.大文字の自然
 文明が長いこと忘れていた大文字の自然に直面した。
 天災の背後に地球環境異変と資源枯渇。第3世界の農村の消滅とスラム化。各国の内閉。
 地球の影のもとに。科学技術の盲目的前進へ外部からのブレーキ。文明の転換。

4.若者ボランティアの行方
 個人化社会への衝撃。相互扶助の思いが煽られる。NPOを超える集団形成か。
 政治概念の内向は打破されるか。左右を問わず生政治から対抗政治へ。
 (政局でなく)政党再編への力になるかどうか。

5.中東の民衆蜂起とサンデル現象
 叛乱から権力再編へ。共同体・階級清算的インターネット。イスラム共同体とは別の民衆蜂起による集団形成へ。例:エジプト
 サンデル正義論 コミュニティーと共通善の思想。アメリカンリベラルの家庭の事情問題でなく、わが国でも新たな共同性の模索につながるか。

1968年の後遺症

1968年の後遺症 長崎 浩2008年9月

 長崎浩氏によれば、1968年の学生叛乱が、今日に至って大きな後遺症を残しているという。
 その通りだとしても、問題は、かつてその主体であった団塊の世代が、そのことに徹頭徹尾無自覚なことだろう。かつて、介護労働の議論をしていたときに、「金を貰えばプロなんだ!」と罵声が飛んだ。ついでに、「今の若者にはガッツがない。我々の若い……」と続くのだが……。
 多分その人は、労働を金の問題として考えているのだろう。だから、将来介護サービスの受け手となった時には多分こう言うだろう。「金を払えば消費者なんだ」と。
 今、始まっている福祉国家の論議の中で、やはり左翼は既得権を防衛するために反対を唱えるのだろうか。

以下、1968年の後遺症より

「一九六八年の世界的な運動は歴史上はじめての成功した世界革命であり、何ら新しい政治体制を残さなかったとはいえ、革命の衝撃は現在にまで継続している。こういう見解がある(ウォーラースティン『アフター・リベラリズム』)。ここで一九六八年とはいわゆる「長い六〇年代」(1958-1974年)の中心をなす年であり、あるいは「歓喜と謎の五年間」)の始まりであった。
 …… とはいえ、この革命は何か希望の世界体制を創出したのではない。
 …… 現代の諸問題は六八年の運動の後遺症であり、後遺障害に社会はいまも苦しめられている。この意味では、「一九六八年の世界革命」は人類の愚行であり、一個の犯罪であった。
 …… なぜならば、それは、福祉国家体制を壊し、労働を壊し、政治を壊し、何よりも私を壊した。
犯人はどこに?
 ところで、「一九六八年の世界革命」が今日の社会に大きな後遺症を残した一個の犯罪であったとしたら、犯人はその後どこへ姿をくらましたのだろうか。老人になったのである。この社会の第一階級としての老人である。そして老人として、六八年革命のつけ付けを払わされている若い世代から、世話と介護を受けなければならない。若い人びとから、六八年世代として、見識が問い質されることとなろう。」

新年あけましておめでとうございます。

新年あげましておめでとうございます。
ホームページのCommon Groundの方はしばらく更新ができませんでしたが、ようやくアップロードを再会しました。
最新のライブラリファイルは、長崎浩氏の『革命の問いとマルクス主義』第三章「階級のゆくえ」からあとがきまでです。

見極めよう 良い宿泊サービス 悪い宿泊サービス

(1) 「宿泊デイサービス」の制度化
 厚生労働省が宿泊のできるデイサービスの検討を行っているという。デイサービスでの宿泊事業では、かねてより宅老所が緊急の場合の一時的な事業として行っていたが、最近では宿泊をデイサービス利用の条件として提供している事業所も多く、この事業の制度化については、批判も多い。
 24時間365日のサービスとして、安価な宿泊サービスの提供を行っている事業者は、全国で2000か所近いとも言われる(医療介護CBニュース 2010.9.21)。またこの宿泊デイサービス事業の特徴は茶話本舗、さくら介護ステーションなどの会社が、「少ない開業資金と高い収益」、「稼働率は9割前後。営業利益率3割が見込める」などフランチャイズチェーン事業として積極的な展開を図っていることである。
 ここでは、「茶話本舗」(日本介護福祉グループ)を中心にその宿泊デイサービスの問題点を見てみたい。
 茶話本舗は、すでに宿泊デイサービスを全国で270か所展開している業界最大のフランチャイズチェーンで、デイサービスの前後に宿泊を利用することで稼働率を上げ、加えて、民家の改修などで初期投資を押さえ、看護師の配置を必要としないなど小規模デイサービスの特徴を最大限生かした「新しい発想と洗練された仕組み」で最近急速に業績を伸ばしている。
 このビジネスには、「お年寄りのネットカフェ」などと質に対する批判があるが、これに対して茶話本舗は「民家改修の設備環境により、利用者様が落ち着いて過ごせる生活空間を作っていること。10人の利用定員に対し、2.5対1の人員を配置」しており、「儲け中心主義でないことは明白だ」(シルバー新報 2010.9.10)と反論している。あるいは、「原則、全店舗に月1回訪問してサービス品質を確認し、研修制度も充実させている」(CBニュース 同上)という。
 しかし、こうした反論は、どこか問題の核心からずれているような印象をあたえる。問題は、デイサービスにあるのではなく、デイサービスで行われている宿泊事業にあるにもかかわらず、デイサービスの質は良いというだけで、そこで行われている宿泊事業への不信については答えようとはしないからだ。もちろんデイサービスについてであっても、民家改修だから必然的に質がよいのでもなければ、また2.5対1の人員配置などは、小規模デイサービスにとっては常識に属する話であり、24時間365日の運営を考えれば、むしろ極端に少ない員数であるなど、儲け中心主義でないことは少しも明白ではない。

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お泊りデイサービスのフランチャイズ-街の中の難民キャンプに反対する

安西順子(ひぐらしの家)
石川秀一(ファーストリビング町田三輪)
沖山一雄(ほっと・ハウス・豊玉)
佐藤義夫(日本生活介護)
薛 静也(小規模デイサービス研究会)
橋本思織(ひょうたんカフェ)
星野栄一(たんぽぽ)
近藤基六(デイサービス・チャオ)


別紙「お泊りデイサービスのフランチャイズ-街の中の難民キャンプに反対する」の趣旨にご賛同の方は下記までご意見等お寄せください。
㈱日本生活介護気付 phone 03-3991-8440 fax 03-3991-8441

お泊りデイサービスのフランチャイズ-街の中の難民キャンプに反対する

「お泊りデイサービス」問題が論議されている。それは「お泊りデイサービスの制度化」と「お泊りデイサービスのFC」をめぐる問題であり、両者は「宿泊」という点で表面的には同じ問題のように見える。しかし、「お泊りデイサービスの制度化」は在宅介護の支援策、いわゆる緊急ショートの整備問題であり、「お泊りデイサービスのFC」は施設の代替物として登場しているというように、その内容は全く異なっている。
 そして、重要なのは「お泊りデイサービスの制度化」問題ではなく、「お泊りデイサービスのFC」問題である。なぜなら、「お泊りデイサービスの制度化」問題は、まっとうに考えれば制度化の実効性に疑問符がつく上、議論はすでに「条件付き賛成」として決着しているからである。
 一方、「お泊りデイサービスのFC」は、行き場のない高齢者に劣悪な住まいを供給し、それを緊急非難と称してごまかすものである。それは、難民キャンプの運営ビジネスであり、老人介護の錬金術である。
 にもかかわらず、多くの人がこの問題を見て見ぬふりをしている。それは、使い勝手の良い「緊急ショート」として、あるいは「必要悪」として宿泊利用をプラン化するケアマネであったり、「自費事業は管轄外」とする行政であったり、個室論争には熱心だが、足元で進行している「老人のネットカフェ」の広がりには目を向けない学者などであったりする。言い換えれば、深い退廃が進行しているのである。
 この錬金術の仕組みはシンプルである。既存の民家を使い、さらに宿泊を併用(施設化)することでデイサービスの稼働率を上げる。すなわち、「住まい」の整備を行なわずに、恒常的に雑居的な宿泊行うことによって「高収益」が得られるとするビジネスモデルなのである。
 問われているのは、だから、デイサービスの「質」なのではない。施設の(劣悪な)代替物として自らを位置づけ、デイサービス利用を宿泊の条件とする抱き合わせ販売(カップリング)なのである。
 そればかりではない。実際は「住まい」として運用することで「高収益」を確保しているのだが、そのことを「緊急かつ一時的な対応」と主張することで、「緊急ショートの実施によって高い収益を得ている」という誤解を作り出し、結果的に介護報酬の減額を招く可能性すら否定できない。
 宅老所に代表される小規模デイサービスは、ニーズベイストの理念を持ち、その理念の実践を通じて人びとの間に規範が形成され共有されていくというオーソドックスな共同性の形成のスタイルを持っている。そうしたスタイルを共有の財産として、地域づくりに生かしていくことが重要である。「新しい発想と洗練された仕組み」などと自称する浅薄なビジネスモデルが地域を壊す前に、小規模デイサービスはその自己認識と志を持って「お泊りデイサービス」の議論に参加しなければならない。

2010.11記

本文の趣旨にご賛同の方は下記までご意見等お寄せください。
㈱日本生活介護気付 phone 03-3991-8440 fax 03-3991-8441



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